享保5年創業以来、290年。常に時代の流れを敏感に感じとり、お客様のニーズにこたえるべく邁進してまいりました。おかげさまで、織・染・繍のトップメーカーとして、全国の百貨店や各有名呉服店とお取引をさせていただいております。特に、当社の祖業・「織」の分野においては、伝統の加工技術を生かし、和装にも洋装にも合うファッショナブルな小物の企画をはじめとして、21世紀に伝えていきたい織・染・繍のそれぞれの高度な技を用いた新商品の開発などに意欲的に取り組んでおります。
▲矢代仁旧店鋪

享保5年(1720) 創業
「誉田屋」の屋号をもって元祖誉田屋庄兵衛が、京都室町二条に店舗をかまえ、西陣織着尺、白亀綾縮緬(宮中・将軍家の絹肌着)、ビロードを主体に呉服商をはじめる。


宝暦8年(1758) 二代目誉田屋庄兵衛が、家訓の「定め」を書き記す。

家永3年(1775) 初代誉田屋仁兵衛独立。

明治10年(1877) 第一回内国勧業博覧会(東京・上野公園)に天鵞絨(ビロード)を出品し受賞。

明治22年(1889) 中興の祖、田中久七支配人、幼少の六代目を助け苦難の社運を挽回する。

明治35年(1902)
西陣に織物工場を建設、西陣高級御召の有名機業家を系列におさめ、トラスト制度をつくる。
「美さを御召」の名称が生まれ、すべての製品に品質保証の商標を付ける。

明治41年(1908)
一条工場を建設、原糸−撚糸−染色−製品に至るまでの一貫作業工程を完成する。

大正13年(1924) 九条工場を建設
九条工場全景(約7,000坪)
昭和19年、軍需工場に転換するまで、完全一貫作業の設備により、力織機約200台で多種多様な縮緬(白生地)を生産していた。

昭和2年(1927) 東京日本橋に東京店を開店する。

昭和10年(1935) 株式会社矢代仁商店に改組する。
▲昭和10年頃の染場風景 ▲燃糸風景 ▲機織風景

昭和17年(1942) 工芸技術保存の指定を受ける。(特別織物技術保存法)

昭和22年(1947) 株式会社矢代仁と改称。

昭和37年(1962) 東京店を現在の日本橋富沢町に移転、店舗を拡充する。

昭和38年(1963) 七代目仁兵衛古稀を迎え会長となる。

昭和48年(1973) ビル葆光を室町御池南入に建設。
本社および呉服事業部京都店を、室町御池南入に移転する。
一条工場の染色部門を拡大し、新しく染色工場を設置する。

昭和56年(1981) 呉服事業部福岡事務所を開設する。

平成元年(1989) 新ビルを室町通ニ条南入に建設し、本部・呉服事業部を移転する。

平成3年(1991) デザイン室を開設する。グラフィックコンピューターを導入し、ネクタイ・小物等の企画を拡充する。

平成12年(2000) 八代目仁兵衛矢代美門創業280年を期に会長となる。

平成20年(2008) 天蚕糸の新商品開発が農商工連携対策支援事業に採択される。



「慎みて祖業を墜(おと)すことなかれ」
7代目矢代仁兵衛が建仁寺の管長より拝受した書。
(祖業に全精力を集中し、研究を怠らず、
ただ一筋に進むことの意。)


現在の矢代仁店舗
〒604-0021
京都市中京区室町通二条南入蛸薬師町272-2
TEL (075)211-2421
FAX (075)211-2428


    YASHIRONI 株式会社 矢代仁
〒604-0021 京都市中京区室町通二条南入蛸薬師町272-2
TEL (075)211-2421 FAX (075)211-2428
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